メッセージ(大谷孝志師)
世の人が真理を知る為に
向島キリスト教会 祈祷会説教 2024年6月26日
使徒16:25-34「世の人が真理を知る為に」 牧師 大谷 孝志

 主イエスは、ユダヤ教指導者が遣わした者達によって捕らえられ、大祭司の審問を受け、その後、ローマのシリア総督ピラトの所に連行され、彼からも審問を受けます。そこで主が「わたしは、真理について証しするために生まれ、そために世に来ました。真理に属するものはみな、わたしの声に聞き従います。」と言うと、彼は「真理とは何なのか」(ヨハネ18:38)と呟きます。今日は、世の人々が真理を知るには何が必要なのかを学びます。

 パウロは第一回伝道旅行の後、割礼を受けなければ救われないとする人達と救いについての共通理解を持つ為に開かれたエルサレム会議に出席しました。「偶像に供えて汚れたものと、淫らな行いと、絞め殺したものと、血とを避ける」なら、異邦人も割礼を受けなくても救われるとの決定を受けて、彼は諸教会の異邦人信徒達にその事を伝えると共に、更に異邦人の救いの為にと第二回伝道旅行に出かけました。同行者に選んだシラスと共に旅を続けたパウロが、ピリピに来た時の出来事が今日の個所なのです。

 二人は牢に入れられました。それは占いの霊に憑かれた若い女奴隷を癒したからです。彼女の主人達が彼女の占いによって多くの利益を得ていました。しかし彼らは、パウロが「イエス・キリストの名によっておまえに命じる。この女から出て行け」と言い、彼女を癒したので金儲けをする望みがなくなりました。そこで、そこで二人を捕らえさせ、町の群衆も一緒になって彼らの罪を告発したので、町の長官達が二人を鞭打った上で牢に入れました。この世的に言えば最悪の状態ですが、二人にとってはそこも御国でした。そこでも祈りつつ、神を讃美する歌を歌っていたのでした。

 私達も時に思いとは違う現状に不平不満を抱く時があります。しかしその現状に目を向けるのでは無く、どこにいても、共にいる主、あらゆる恵みをもって私達を満たしている主に心を向け、感謝をもって主を讃美し、祈りましょう。この現状こそが御心であり、救われる者が与えられるしるしと知りましょう、全ては主が私達の為に立てた計画の中の一時なのです。 二人の讃美と祈りが牢獄にいる人達の心を打ったように、私達が主を信じ、礼拝することが伝道の第一歩なのです。私達の信仰の姿勢が世の人々の心を打つ時が来ます。私も教会に行き始めた頃、教会の人々の祈り礼拝する姿に驚きと新鮮なものを感じたことが求道生活の始まりでした。主イエスを信じ、礼拝していることこそが、家族や友人知人への証しなのです。私達が主を大切に思う心が他の人に主イエスの存在を感じさせ、私達の主を大切に思う心に、それ迄に経験の無い新鮮な思いを生じさせるのです。

 彼らが礼拝していると大地震が起きます。それは彼らの信仰を、真の神、主イエスを信じる素晴らしさを看守に分かる形で示す為でした。しかし地震で開いた牢獄を見、囚人が逃げ出したと思った彼は自殺しようとします。

 当時の法では、囚人達が逃げ出せば看守が責任を問われました。その責任が家族に及ばないようにする為でした。主の働き掛けは、時にこれ迄の人生を突然断絶させ、危機に立たせることがあります。私の神学生時代、後輩が主の召しに応え、伝道者になる決心をした時、父親が親戚の手前、お前を殺して自分も死なければならないと、彼を包丁を持って殺そうとしました。彼も死んだ方が良いのかと思う程、心が追い詰められたそうです。しかしその時、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」との御言葉が心に響き、懸命に父親の手を逃れ、神学部に来て、勉強をしました。後に、その父親もクリスチャンになったと彼から聞きました。主はそのみ言葉通りに、彼も父親も救って下さったのです。

 パウロは看守の様子を知り、大声で「自害してはいけない、私たちはみなここにいる」と叫びました。彼は牢の中に駆け込み、震えながら、二人の前にひれ伏したのです。そして二人を外に連れ出して、「先生方、(私が)救われる為には、(私が)何をしなければなりませんか」と尋ねました。彼は、自分が置かれている状況の不思議さに圧倒されたのです。これ迄考えてみたことも無かった世界、人の知恵や経験を超えた世界、二人が生き、教えている世界、「神の国」がこの世にあると知ったのです。主が彼に真理を示したのです。彼はこの真理を知り、二人が生きる神の国に自分も生きたい、その世界の中に飛び込み、自分も救われたいと思ったのです。それを聞いた二人は「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」と言いました。主イエスは、彼だけでなく彼の家族の為にも十字架に掛かって死んで下さり、復活して、今ここにいるという真理を、大地震とその後の出来事を通して彼に知らせたのです。主は、彼とその家族を愛し、信じる者となるのを待っていたからです。何故これらの事が必要だったのでしょうか。異教世界に生きている彼らにとっては、それは簡単に信じられることでは無かったからです。だからこそ、大地震を起こし、彼が今、神の国にいるという真理を示し、彼がご自分に属する者、主に聞き従う者、救われる者と成るよう働き掛けたのです。彼は真理を知り、二人の「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」との教えに従い、彼も家族もバプテスマを受け、救われたのです。

 主は彼と家族を救う為に、二人を牢に入れ、彼らがした礼拝を通して人々の心を整え、大地震とその後の出来事を起こし、彼に真理を示しました。パウロはUコリント9:8で「神はあなたがたに。あらゆる恵みをあふれるばかりに与えることがおできになります。あなたがたが。いつも全てのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれるようになるためです」と言い、「全て」を五回使い、御心の豊かさを表しています。主は今も私達に必要な全てを与え、真理を証ししています。今、神の国に生きているのですから、感謝し、主の恵みを受けている喜びに溢れて世に生きる者でいましょう。