| メッセージ(大谷孝志師) |
| 自分の思いではなく御言葉に聞き従う |
| 向島キリスト教会 祈祷会説教 2024年8月14日 II列王記 5:1-19「自分の思いにでなく御言葉に聞き従う」 牧師 大谷 孝志 |
ここに出て来るナアマンは、イスラエルの敵国アラム軍の長でした。1節を見ると、彼はイスラエルの神、主が以前に、彼を通してアラムに勝利を与えたから、アラムの王が彼を重んじ、尊敬していたとあります。神は、異教徒の彼を異教徒のまままで、自分が唯一の神であると示す為に用いたのです。神は、ツァラアトに冒された異教徒の彼が癒された出来事の過程を通して、ご自分が唯一の神で、人が自分の思いでなく、示された御言葉に聞き従うなら、全ての人に恵みと平安を与える神であると示したのです。私達は異教を信じる人々の中で生きています。私達が信じる神は彼らの神でもあります。ですから、異教徒であっても神が自分の願いを叶えると信じるなら、主はその人の願いを叶え、御心を行う方とこの個所は教えます。 岡山で開拓伝道をしていた時、松平季子姉を招いて、町の集会所で「さわやか会の歌の集い」をしました。会の役員さんが一生懸命に準備をし、町内の人に呼び掛け、20名以上の方々が集い、讃美歌を一緒に歌い、クリスチャンの証しを聞き、楽しい時を過ごしたのです。主イェスはその人々の主なのです。主はご自分を信じない人々を愛し、決して見捨てないのです。主を信じる者だけでなく信じていない人々を用いて、御心が行われる状態を作り、世の人々にも、真の喜びと平和な心を味わわせて下さる方、それが、私達が信じ、従って生きる主イエス・キリストと信じましょう。 ナアマンはツァラアト、重い皮膚病に冒されていました。王がイスラエルの地に略奪に出かけた時、一人の若い娘を捕らえて来て、ナアマンに与え、彼女は彼の妻に奴隷として仕えていました。彼女は病に苦しむナアマンに同情し、女主人に「もし、ご主人様がサマリアにいる預言者のところに行かれたら、きっとその方が、ご主人様のツァラアトとを治してくださるでしょう」と言います。私達も、主が世の人々を愛し、世の人々を悩み苦しみから解放して下さると伝え、悔い改めて、福音を信じて救われるよう、主の愛と力を信じつつ関わっていくことが大切と聖書に教えられます。 周囲の人に、先ずは教会に来ることを勧めましょう。「あなたに必要なものが与えられると思います」とその人を愛する主を信じて語り掛ければ良いのです。彼女が女主人に自分の信仰を伝えたように伝えれば良いのです。救うのは主であって、私達ではありません。しかし、私達が救われたのは、私達に関わって来たキリスト者という人間です。彼女は女主人に「でしょう」と言いました。この言葉はいい加減な気持ちから出たのではありません。主人が私の言葉を信じて、預言者の所に行けば、癒されると信じのです。私達も、ただ主イエスを信じているだけではでなく、この人が教会に来れば主が救って下さると信じて誘いましょう。その思いが、相手に教会に行ってみようと思う大きな変化を生じさせる切っ掛けになるからです。 さて、女奴隷の言葉を信じたナアマンは、王にサマリアの預言者の所に行く事を願い出ました。王は許し、自分の口添えが必要と、彼にイスラエルの王への手紙を持たせます。彼はその手紙と莫大な贈り物を携えてイスラエルの王の所に出かけました。女奴隷の言葉を信じ、サマリアの預言者に頼めば自分は治ると言う彼女の言葉に全てを懸けて出かけたのです。私達も主イエスを信じて救われていても、主イェスが全ての人の救い主と人々に伝えなければ、世の人はイェスが自分にとっても救い主と知り、主イェスに救いを求めて教会に来るという行動は起こせないでしょう。しかし、異教徒として偶像の神を礼拝し、その神と同じようにイスラエルの神を考えたから、莫大な贈り物が必要と思ったように、私達が信じる神を自分達が信じる神仏と同じように考える危険があると知っておくことも大切です。 彼はイスラエルの王の所に着くと、アラム王の手紙を差し出します。アラム王が自分に無理難題を押し付けて挑戦してきたと思った王は、恐れと怒りに震えます。文面を見ると王の反応は当然です。人は物事を上辺で、しかも自分の過去の経験から相手のことを判断するからです。しかし聖書は、この世界は神が支配する世界なので、人の思いを超えて神が御心を行う方であることを明らかにしていきます。エリシャはその事を聞くと、王に人を遣わし「その男を私の所によこして下さい。そうすれば、彼はイスラエルに預言者がいることを知るでしょう」と告げます。恐れや怒りは敵意を生じさせ、互いに不幸にします。大切なのは真実を知ることなのです。ナアマンが預言者に会い、彼の言葉を行うことによって真実を知り、イスラエルの王も彼自身も神に全てを委ねることができるようになるのです。 しかし、ナアマンがエリシャの家に着くと、「ヨルダン川へ行って七回あなたの身を洗いなさい。そうすればあなたの体は元通りになって、清くなります」と使者に告げさせます。それを聞いた彼は激怒し、憤って帰途につきます。神は預言者にこうさせるだろうと考えた事とは全く違ったからです。自分の考えを当て嵌めたからです。すると僕達が彼に、自分の判断ではなく、預言者が命じた通りにしてみたらどうですかと言います。大切なのは御言葉が示されたら、それに従うことですと聖書はここで教えます。 そこで、彼が預言者が言った通りにヨルダン川に七回身を浸すと、彼の体が元通りになって、幼子の体のようになり、清くなったのです。彼は自分の身に起きたことで、これからは、イスラエルの神が世界で唯一の神としますとエリシャに信仰を告白します。しかし彼は臣下として王の偶像礼拝の手助けをしなければならない自分を神に赦して貰えるよう、執り成しの祈りをエリシャに願い出ました。すると彼は「安心して行きなさい」と言います。主も12年間長血のに苦しむ女の人を癒した後で「安心して行きなさい」と言いました。神は、神を信じて御言葉を行う人の願いを叶える方です。この神を信じ、現実を見て諦めず、福音を世の人に伝えましょう。 |