メッセージ(篠遠誠司神学生)
先に遣わされた者
向島キリスト教会 礼拝説教 2024年9月8日
創世記 45:1-8「先に遣わされた者」

 今日は向島(むかいしま)教会に導かれましたこと、感謝いたします。
 私は神学校で2年目の勉強を続けています。その中で、旧約聖書のヨセフ物語について学ぶ機会がありました。今日はヨセフ物語について、皆さんと一緒に分かち合いたいと思います。

ヨセフ物語は創世記の中の有名な大河ドラマです。登場人物も多肢にわたり、人の偏愛、嫉妬、怒り、欲などの悪い面、また改心、愛、思いやりなども書かれています。ヤコブのこどもたちの成長物語でもあります。
感情に流されやすい人間の考えを、はるかに超えた、神による大きな計画、また、神による家族の和解の物語でもあります。 それでは、最初に、ヨセフ物語の概略をお話しいたします。
この物語の時代背景ですが、
・紀元前16-18世紀ころ。エジプトの第二中間期と呼ばれている時代だと考えられています。
・この時代のエジプトは、ヒクソスと呼ばれる遊牧民族によって支配されていました。つまり、純粋なエジプト人ではなく、民族的にはパレスチナに住む人々に近い民族が、エジプトを支配していました。
・パレスチナの民であるヨセフが、エジプトの大臣になることができたのも、この王朝がエジプトの民族では無かったからだと、考えられています。
ヤコブの男の子は12人いました。名前を上げてみますと、
1)ルベン、2)シメオン、3)レビ、4)ユダ、5)ダン、6)ナフタリ、7)ガド、8)アセル、9)イサカル、10)ゼブルン、
11)ヨセフ、12)ベニヤミン
ヨセフはヤコブの11番目の男の子です。 
<参考>
レア(ラケルの姉) 1)ルベン、2)シメオン、3)レビ、4)ユダ、9)イサカル、10)ゼブルン
ビルハ(ラケルの下女) 5)ダン、6)ナフタリ
ジルパ(レアの下女) 7)ガド、8)アセル
ラケル(レアの妹) 11)ヨセフ、12)ベニヤミン
(ヨセフの子 マナセ、エフライム)
ヤコブの11番目の男の子として生まれたヨセフは賢いだけではなく、預言的な夢を見たり、他人の夢を解き明かしたり、そのような不思議な能力を持っていました。
父ヤコブは、兄弟の中でも、このヨセフを特に愛しました。偏愛と言っても良いでしょうが、それはヨセフの母が、ヤコブの四人の妻の中で、ヤコブが一番愛した「ラケル」だったからです。 ラケルは早くに死にましたので、父ヤコブは、一層、ラケルの忘れ形見のヨセフを偏(かたよ)って愛しました。 ヨセフは、素直に育ったのですが、他の兄弟たちの気持ちに配慮できない、空気を読めない子どもでした。 そんなヨセフは、兄たちからは嫉妬されて嫌われていました。 ある日、ヨセフは「自分が兄弟たちの頂点に立つ夢を見た」という事を家族に語りました。 兄たちは怒りが爆発し、ヨセフを殺そうとしましたが、結果、ヨセフは奴隷商人によってエジプトに売られてしまいました。
ヨセフを買ったのはエジプトの侍従長でした。王の護衛をするリーダーでした。ヨセフは、神の力によって、その主人に良く仕えたことで、信頼を得ていきます。
しかし、その主人の妻から無実の罪を着せられて、牢獄に入れられてしまいました。
しかし、ヨセフは不正を働かず、どこにいても真面目に働き、神様から離れませんでした。
ヨセフには相当な苦労があったと思いますが、神様がヨセフの行う事を守ったので、最後はエジプトのファラオの夢を解き明かして、ファラオに認められて、国の政治を任せられる大臣になりました。
そしてヨセフは、7年の大豊作と、そのあとに続く7年の大飢饉を預言して、その対策を確実に実行してエジプトを守りました。 一方、その大飢饉の中で困ったヤコブの家族たち、つまりヨセフの兄たちがエジプトに食料を買い求めにきました。ヨセフは兄たちに気付きましたが、兄たちはヨセフに気付きません。ですので、ヨセフは、父や弟のベニヤミンが元気で無事にいるのか、兄たちは父と弟を大事にしているのか、兄たちの今の気持ちはどうなのか、信仰があるのか、を探りました。
その兄たちも、それぞれ成長し、昔の事も悔やんでいました。 兄弟たちが変わっていることを知ったヨセフは、兄弟とのまことの再開の喜びと、神様の大きな計画への驚きで、涙の中で自分の身を明かしたのが、今日の聖書箇所です。

創世記45章1-5節を見てみましょう。 旧約聖書の81頁(新共同訳)です。 
創世記45章1-5節(新共同訳) 
45:1  ヨセフは、そばで仕えている者の前で、もはや平静を装っていることができなくなり、「みんな、ここから出て行ってくれ」と叫んだ。だれもそばにいなくなってから、ヨセフは兄弟たちに自分の身を明かした。
45:2  ヨセフは、声をあげて泣いたので、エジプト人はそれを聞き、ファラオの宮廷にも伝わった。
45:3  ヨセフは、兄弟たちに言った。「わたしはヨセフです。お父さんはまだ生きておられますか。」兄弟たちはヨセフの前で驚きのあまり、答えることができなかった。
45:4  ヨセフは兄弟たちに言った。「どうか、もっと近寄ってください。」兄弟たちがそばへ近づくと、ヨセフはまた言った。「わたしはあなたたちがエジプトへ売った弟のヨセフです。
45:5  しかし、今は、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのです。
エジプトに売られて、孤独の中で生きて来たヨセフは、故郷の家族に再会することができました。それは神様と、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約の中で、神様の大きな導きであることを確信しました。 家族への再開の喜びと、神様の大きな計画への驚きによって、涙の中で、ヨセフは兄弟たちに身を明かしました。
 兄たちの驚きもいかほどだったでしょうか。殺されるかもしれない状況で、自分たちが昔に殺そうしたヨセフが現われたのです。 しかも、その罪は問わないと言います。

聖書に戻って、次の、6節から8節を見てみましょう。 お読みします。
創世記45章6節-8節(新共同訳)
45:6  この二年の間、世界中に飢饉が襲っていますが、まだこれから五年間は、耕(たがや)すこともなく、収穫もないでしょう。
45:7  神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。
45:8  わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。神がわたしをファラオの顧問、宮廷全体の主、エジプト全国を治める者としてくださったのです。
ここの箇所で、ヨセフは厳しい飢饉があるとの神からの預言を語りました。 しかしその中で、アブラハム、イサク、ヤコブに与えられた神の契約によって一族が守られていることも語りました。 自分たちに起きた家族の間の問題、罪による悲劇を超えた神の大きな計画があることを伝えました。 この節の後ろの9節以下で、ヨセフは兄弟たちに、父とともに一族でエジプトへ避難することを勧めました。 そして私がすべての世話をする、と一族を招きました。
兄たちもそれぞれの葛藤の中で、ヨセフが、神の救いを自分達につなげる者である事を知りました。 兄たちも、神の大きな計画とその恵の導きを、ヨセフを通して、知ることができました。ヨセフは、神様が自分達より先に遣わされた者であり、神と自分たちの間を取り持つ者であることを知りました。
 私たちはこのヨセフからイエス・キリストを見ることができます。 神が、罪人である私たちを救うために、先に遣わして、十字架によって罪を赦して下さった、神と人間の間にたつ仲介者イエス・キリストを見ることができます。

 聖書では、この後、兄弟たちはヤコブを迎えに行きました。 
この時のヤコブは、ヨセフはすでに死んだものと思っていて、ベニヤミンまでエジプトに取られて意気消沈していました。しかし、兄たちからヨセフの話を聞いたヤコブは、神への希望の信仰に立ち返り、イスラエルの民の族長として、イスラエルの民全員がエジプトに移り住むことを決心しました。 
 そして、全イスラエルがエジプトのゴシェンの地に移住しました。全国を襲った飢饉も、ヨセフの働きでエジプトは守られました。 時は過ぎて、父ヤコブは子ども達を一人ずつ祝福してイスラエル12部族が出来ました。そして父ヤコブは亡くなりました。ヤコブの遺言で、カナンのマムレの地にあるマクペラの畑の洞穴に葬られました。
 さて、偉大な族長イスラエル、ヤコブが死ぬと、ヨセフの兄たちは不安になってしまいました。ヨセフは自分たちを赦すと言っていたけど、それは父ヤコブがいたからではないか。父ヤコブを悲しませないために、自分達に何もしなかったのではないか、と思ったかもしれません。 今、父ヤコブ、イスラエルの族長がいなくなった時、自分たちの立場が心配になってしまいました。

 聖書箇所を読みます。創世記50章15―16節を読みますのでお聞きください。
創世記50章15―16節(新共同訳)
50:15  ヨセフの兄弟たちは、父が死んでしまったので、ヨセフがことによると自分たちをまだ恨み、昔ヨセフにしたすべての悪に仕返しをするのではないかと思った。
50:16  そこで、人を介してヨセフに言った。「お父さんは亡くなる前に、こう言っていました。
50:17  『お前たちはヨセフにこう言いなさい。確かに、兄たちはお前に悪いことをしたが、どうか兄たちの咎と罪を赦してやってほしい。』お願いです。どうか、あなたの父の神に仕える僕たちの咎を赦してください。」これを聞いて、ヨセフは涙を流した。
この箇所の前で、父ヤコブが死ぬと、兄たちはヨセフの復讐を恐れ始めました。兄たちは父イスラエルという権威者がいる間はその権威の下で守られていたことを思い、権威者が亡くなった時、自分たちのこの世での立場の中で、恐れが襲ってきました。 しかし、ヨセフは昔のように兄たちの気持ちがわからない者ではなく、兄たちの気持ちを考えて、優しく語りかける人格に変えられていました。
 
 それでは次に、50章19―21節を読みます。
50章19-21節(新共同訳)
50:19  ヨセフは兄たちに言った。「恐れることはありません。わたしが神に代わることができましょうか。
50:20  あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日(こんにち)のようにしてくださったのです。
50:21  どうか恐れないでください。このわたしが、あなたたちとあなたたちの子供を養いましょう。」ヨセフはこのように、兄たちを慰め、優しく語りかけた。

ヨセフは、結果として神に用いられ、権力も与えられましたが、ヨセフの生涯は他の兄弟たちに勝って壮絶なものでした。少年の頃は、他の兄弟たちの気持ちを考えない自分本位の性格でした。 兄弟に命を狙われて、たった一人で奴隷としてエジプトへ売られました。 どれほど心細かったでしょうか。真面目に働いても、偽証によって牢獄に入れられました。
でもヨセフのすごいところは、自分の運命に腐らず、自暴自棄にならずに、神から離れなかったことです。そして、いつも自分と関わる人たちに対して真面目であり、不義を働かなかった。人間としての人格も鍛えられました。 そしてエジプトのファラオに認められました。
それでも、故郷の家族がいないヨセフは孤独であったと思います。 思いもかけず昔自分を殺そうとした兄たちに再会して、兄たちを試しました。 その結果、兄たちが信仰的にも成長して、悔い改めていることを知りました。ヨセフは、家族との真の関係を取り戻すことができました。独りぼっちでは無くなり、それが、神様の大きな計画であったことを確信しました。家族と再会した喜び、神様の本当の計画、救いを知った驚きと感動、ヨセフは涙無しで自分がヨセフであることを兄弟たちに明かすことができませんでした。 涙の中で兄弟との再開を果たしました。

 イスラエルの民はヨセフによって救いに導かれました。エジプトに売られたヨセフは、うそをつかず、神さまがいつも共にいることを覚えて、真面目に働きました。徹底的に神さまに従いました。その結果、神様に用いられて、イスラエルの家族たちに救いの道を開きました。この時のイスラエルの民は、神様によって先にエジプトに遣わされた者、ヨセフによって救いがもたらされました。
そして、今を生きる私たちはどうでしょうか。 イエス・キリストは2000年前に神さまからこの世に遣わされました。そして、徹底して神さまにしたがって、十字架に架けられて死んで復活して、永遠の命、救いの恵みに私たちを導いています。イエス・キリストが先に世に遣わされて、成されたことで、全人類が救いの恵みに導かれています。
 私たちの多くは、ヨセフよりも、ヨセフの兄たちに近いと思います。時に感情的になって、後から考えるとあんなことをしなければ良かったと、悔いることが多いです。 そのような私たちは、神と人間の仲介者、イエス・キリストに寄り頼むことが必要です。 イエス・キリストは私たちに教えます。「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。隣人を自分と同じように愛しなさい。」  神を心から愛する、それはイエスさまのように。隣人を自分のように愛する、それもイエスさまのように。 そのイエス・キリストが中心にいて、イエス・キリストの救いの恵みを宣言するのが、イエス・キリストの教会です。私たちはこの教会で、神様に感謝して、イエス・キリストを証しする礼拝を献げていきましょう。