| メッセージ(大谷孝志師) |
| 今を安心して生きられる |
| 向島キリスト教会 祈祷会説教 2024年10月16日 ピリピ1:3-18「今を安心して生きられる」 牧師 大谷 孝志 |
私が教会に来て初めに不思議に思ったのは、教会の人達が笑顔でいることでした。ニタニタでは一寸気持ち悪いですが、ニコニコしているので、気持ちが和み、自分がこの人達に受け入れられていると感じられました。 この手紙には「喜ぶ」「喜び」という言葉がたくさんあり、別名「喜びの手紙」と呼ばれます。しかし彼はこの時、投獄されていて、いつ処刑されるか分からない状況にいたのです。人は極限状況に置かれると、可笑しくなって笑い出すことがあるそうですが、彼は正気でしっかりしています。 私達はどんな時に笑顔でいられるでしょうか。嬉しい事があると、自然と笑みがこぼれてきますし、自分が今は安全と思えると喜んでいられます。しかし、崖から落ちそうになって木の枝などに掴まりながら、或いは落下しながら、感謝します、嬉しいですと笑顔で言える人はいないと思います。 しかし主イエスを信じていると、そんな状況や場所でも安心できるのです。私達は出来ない事は何もない主を信じているからです。そう教えている聖書を読み、御言を心に納めて生活しています。信仰には私達を前向きに希望を持って生かす力が有ります。そこに信仰の原点があります。様々な時、平安な心を取り戻せるようにと、主が様々な人を助け手として与え、私達は日常生活の中で、この信仰の正しさを、度々経験させられています。 しかし信仰の素晴らしさはそれだけでは有りません。前向きに希望をもって生きる力を与えられ、先があると信じられるのです。どんなに今が辛く恐ろしくても、それで終わりではないと判るからです。人生これでお終い、先が無いと思うと。人は恐くなり、笑顔ではいられなくなります。私は主イエスを信じる前は、自分が死ぬと無限の闇の中をただ落ち続けると考え、恐いとか嫌だとかでなく、ただ空しいだけの自分を考えていました。すると今自分が生きていることに空しさを感じ、時に無気力になりました。 でも主イエスを信じてからは、先があると分かり、安心できるようになったのです。ヘブル12:8に「イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえに変わることがありません」とあります。ローマ8:28に「神のご計画に従って召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています」とあります。私達には全てを知る主がいつも共にいるので、先があると知り、先の事を安心できます。例えば、私は遅刻もですがミスを何度もします。遅刻もミスも良い事ではありません。でも、予定通りしていたら事故に遭ったかもしれません。またミスをカバーしてくれる人がいました。ミスを犯すことによって、今まで気付かなかった自分の足り無さ、人の配慮と思い遣りに私は気付くことができました。反省して落ち込まずに済み、反省を明日への力にできました。私達は主が共にいて、一番必要な事をして下さっていると信じられるので幸いなのす。 そうは言っても、主イエスを信じていても人間は人間です。タイムマシンがあれば、先の事が判るかもしれませんが、正に先の事は「神のみぞ知る」です。やはり、信じると判るとは別なのです。しかし主イエスを信じていると、「一寸先は闇」で無くなります。判らないという事実は変わりませんが、主が私達の心を照らしてくれるので、主に任せてれば良いと思えるのです。 聖歌604に「望みも消えゆくまでに 世の嵐に悩む時、数えてみよ主の恵み 汝が心は安きを得ん」という歌があります。ここに何故、先があると信じられ、安全と安心できるかの秘訣が示されています。主を信じていても、望みを見出せない程に悩み苦しむ時はあります。しかしその時でも、恵みを数えてみれば良いと教えているのです。そうするなら、これ迄、様々な出来事の中で、主が私を助けて下さったことに気付き、その主が今も共にいるので、私が助けを求めるなら、必ず助け、この状況から抜け出せると信じられると安心できるからです。また、時に自分の未熟さを思い知らされ、自分が情けなくなることもあります。でも、主は私の未熟さを知っています。そして生かしているのです。未熟であるなら、完成する可能性が有ります。私達には未熟な私達を完成へと導き、完成させて下さる主がいるのです。ですから今の状況に落胆せず、先があるので、安心して為すべき事をし、成長できます。ここにも私達の信仰の素晴らしさがあります。 私は小学生の頃、運動会の徒競走が苦手でした。後ろから一、二番が私の定席でした。でも、走っていれば必ずゴールができました。長く曲がりくねったトンネルで、出口が見えなくても、トンネルには必ず出口があります。前に進みさえすれば抜け出せます。6節に「あなたがたの間で良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成してくださると、私は確信しています。」とあります。現在の生活の中で、先が見えないと感じられたとしても、今自分がしている事が置かれている状況は、私達の父なる神が始めている良い働きと信じられるなら、この今は、私達にとって良い時であり、良い状況なのだと受け止めることができます。主を信じているとそう信じられるから、私達は今を安心して生きられます。 全ての事には始まりがあります。そして完成に向かっています。始まりがあり今があるのは、完成する為と知りましょう。私達の人生も同じです。自分にしか出来ない事をさせる為に、主は私達の人生を始めさせ、その中で様々な人と出会わせ、様々な出来事を経験させています。一度切りのこの世での人生、主が与えた人生です。安心して、楽しく過ごしましょう。 時の流れを偶然だと思い、人の知恵と力でこうなっているのだと思うと、今の自分と現状しか見えなくなってしまいます。良い時には良くても、悪くなると心が暗くなってしまいます。自分の目にどう見えようとも、主が完成へと導いていると信じると、不十分さを感じても、今を楽しむ心になります。主を信じる信仰の素晴らしさを感謝しながら、世に生きましょう。 |