| メッセージ(大谷孝志師) |
| 真の勇気が人の心を動かす |
| 向島キリスト教会 祈祷会説教 2025年1月29日 使徒5:27-42 「真の勇気が人の心を動かす」 牧師 大谷 孝志 |
| 向島キリスト教会がこの地で福音を伝える働きを始めてから、来年で80年になります。教会設立からも68年が経っています。教会はここに立ち続けていますが、「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」と言うように、その間、牧師も信徒も、去る人来る人があり、様相は換わっています。私が赴任してからも、久し振りに復帰し、バプテスマを受け、転会し、客員として礼拝に出席する人々が加わり、年々、正に人同じからずなのです。 それだけなく、一人一人にも、希望の時、失意の時、喜びの時、哀しみの時、賑やかな時、寂しい時があったと思います。しかし、今日の向島キリスト教会があるのは、勿論御霊に導かれてですが、一人一人が自分にできる事をして、主の為に働き続けてきたからです。でも誰もが、個性も育った環境も、自分にできる事、相手にして欲しいと思う事は違います。その中で教会は、キリストの体、皆が一つの群れとなって共に働き、ここにあり続けています。何がその人その人を動かしたのでしょう。それが何だったのかを、今日の聖書に描かれている使徒達の姿勢を通して学びます。 使徒達の姿勢は大きく変わってきました。彼らが十字架で死ぬ前の主イエスと生活を共にしたのは約二年半です。漁師や取税人として働いていた現場から、「わたしに付いて来なさい」と言われ、全てを捨てて主に従いました。そして、巡回教師として旅をしながら、神に喜ばれる人となるにはどうしたら良いかを律法を通して教える主イエスと共に各地を旅して廻りました。ラザロ、マルタ、マリア家族のように裕福な支援者もいましたが、石を枕に旅をする時もあり、決して豊かな生活ではありませんでした。でもその生活に彼らは満足していました。主の身近にいて、その教えと御力、人々に接する姿勢に、彼らの心が豊かに養われたからです。順調な時だけでなく、追われるように人目の少ない辺鄙な地域を旅する事もありました。 でも彼らはどんな時でも安心でした。主は全てを見通す方として、彼らを教え導いたからです。主が最後にエルサレムに入った時、彼らの思いは最高潮に達しました。しかし、ユダヤ教の指導者達は民衆の支持を受けるイエスに警戒を強め、折りあらば抹殺しようと機会を狙いました。弟子達は、主イエスに、ご自分が捕らえれ、辱めを受け、殺されると何度か聞かされていました。しかし、彼らは主に足を洗われ、最後の晩餐を戴き、ゲッセマネで祈る主を見る中で、緊張が一気に高まっていきます。そして、主が捕らえられると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまいました。彼らは主と約二年半弟子として生活を共にしながら、様々な実地教育を受けながら、主イエスがどんな方であり、自分達は何者であるかが全く理解できないでいたのです。しかし私達は彼らを笑うことは出来ません。彼らと同じように、自分の思いを主に当て嵌めて見ているに過ぎないからです。 しかし、彼らがそのままだったら、今の世界はないし、今の私達もありません。彼らが今日の聖書にあるように、大きく変えられたからです。彼らは失意と主イエスを十字架で殺させたユダヤ人への恐れで、戸に鍵を掛けて閉じ籠もっていた家の中に、主が現れ、平安を与えたからです。復活の主の臨在が彼らを怖じ惑う者から、主の約束を信じ、祈りつつ待ち望む者へと変えられたのです。そして主の約束通り、聖霊降臨を体験し、主の証人として力強い歩みを始めました。自分達を襲う危険がなくなったのではありません。彼らは少し前、捕らえられ、牢獄にいました。最高法院で「神はイスラエルを悔い改めさせ、罪の赦しを与える為にこのイエスを導き手、、また救い主として、ご自分の右に上げられました。私達はこの事の証人です」と言うと、これを聞いた最高法院の議員達ちは怒り狂い、彼らを殺そうとしました。しかし彼らは自分達は安全だと知っていたのです。ですから主証人として堂々と福音を宣べ伝えたのです。何故安全だと知っていたのでしょう。彼らは捕らえられ牢に入れられていましたが、主の使いが牢の戸を明け、彼らを連れ出して「行って宮の中に立ち、人々にこのいのちのことばをすべて語りなさい」と言われ、宮に入って教えていたからです。使徒達は主が世の全て支配し、自分達を用い、人々に命の言葉を伝えさせ、人々を救おうとしていると知っているからです。ですから、自分達を殺そうと怒り狂うことを承知の上で、「私たちの父祖の神は、あなたがたが木に掛けて殺したイエスをよみがえらせました。神はイスラエルを悔い改めさせ、罪の赦しを与えるために、このイエスを導き手、また救い主として、ご自分の右に上げられました。私たちはこのことの証人です」と言い切ったのです。2章の時はそれを聞いた人々は心を強く刺され、悔い改めて救われました。しかし、議員達は怒り狂い、彼らを殺そうと考えました。その時サウロ、後のパウロの律法の教師でもあるガマリエルが立ち上がり、使徒達を外に出すように命じた上で、議員達を説得したのです。 使徒達の勇気が彼を動かしたのです。彼らの勇気が真の勇気だったからです。彼らは決して強い人間ではありませんでした。私達と同じように、思わぬ事態に直面し、動揺し、先の事に不安を感じ、危機に立っていると思い込んでいました。 だから主から逃げ出し、戸に鍵を掛け、家に閉じ籠もっていたのです。しかし、彼らは聖霊に満たされ、御使いに牢から連れ出され、彼らは変えられました。彼らの勇気は、彼らが経験した事実に裏付けられた勇気、真の勇気だったのです。私達も、主が共にいて助け導き、現状を変え、人を変えた出来事を経験している筈です。主の恵みで地は満ちているからです。恵みを数えましょう。主は生きて共にいます。使徒達の真の勇気がガマリエルを動かし、怒り狂う議員達を説得させる力となりました。十分ではなかったけれど福音宣教の道が開かれました。主の臨在を信じ、真の勇気を持ちましょう。主は我が巌、我が砦、我が救い主です。 |