| メッセージ(大谷孝志師) |
| 弱かったペテロをも |
| 向島キリスト教会 祈祷会説教 2025年2月19日 ガラテヤ2:11-21 「弱かったペテロをも」 牧師 大谷 孝志 |
今、第三週にペテロの手紙を学んでいますが、聖書に出てくる人々の中で、私はペテロが一番好きです。ペテロがどんな人間だったか私には分かりませんが、福音書と使徒の働きに描かれているペテロの姿に、とても親しみ易いものを感じるからです。正直なところ、パウロには少し取っ付きにくさを感じるのとは対称的です。確かに二人は対称的と言えるほど違いますが、どちらも大切な主の働き人です。パウロは、自分は「ベニヤミン族の出身、ヘブル人の中のヘブル人、律法に付いてはパリサイ人(ピリピ3:5)と言うように、血筋も良いし、ガマリエルという優れた指導者の薫陶と教育を受け、博学で、情熱的で、行動的でした。そして、彼は最初の殉教者ステパノが石打ちの刑にされた時、処刑の証人達が彼の足もとに自分達の上着をサウロ(後のパウロ)の足元に置きました。彼は若い頃から将来を嘱望されたエリートであり、この重大事件の立会人とされていたのです。 これに対してペテロはその出身部族も明らかでなく、ユダヤ人としての一般的教育を受けていても、「無学な普通の人(使徒4:13)と呼ばれる庶民の一人でした。パウロがエルサレムで、律法教師となる教育を受けたのに対し、ペテロはガリラヤの田舎育ちで、漁業に従事する肉体労働者でした。 しかしそのペテロが主イエスに選ばれ、十二弟子の一人として御側近くで主の言葉を親しく聴く者となり、彼の名は十二使徒の最初にに記されています。そして多くの場合、彼は使徒の代表的立場にいます。そして聖霊降臨後に誕生したエルサレム教会の指導者、その後誕生した諸教会の指導者として大切な働きを続けました。でもそれは、彼がその為の能力を持っていたからではありません。ただ主の御旨なのです。彼は普通の人、私達と余り変わらない人だったのです。主がそのペテロを用いて素晴らしい働きをさせたのです。ですから私は、その彼に惹かれるものを感じています。 それにペテロからはパウロのような、福音の為に強烈な意思と行動力を持って戦い抜こうとした激しさが感じられないし、また、肉体に大きな痛みを感じながら、そんな様子を見せずに生き生きと、時には喜々として、時には悲痛な叫びをもって、人々を救い主イエスに導く為に全力を尽くす姿も見出せないのです。逆に、主イエスにサタン呼ばわりされたり、捕らえれた主を遠く離れて付いて行き、自分が主の仲間と言われると、自分とは無関係と言ったりしたりと、十二弟子の筆頭らしからぬ姿の方が印象的です。正にゲッセマネの園で彼に言った「霊は燃えていても肉は弱いのです」との言葉がぴったりのペテロなのです。ガリラヤ湖で夜通し網を下ろして漁をした程の肉体の持ち主の彼が、主の弟子となって約二年半生活する中で、急激に弱くなったとは考えられません、彼は人間なら誰もが持つ弱さを当たり前に持っていた、そんな人間だったと言えるのだと思います。 しかし、聖霊降臨の後の使徒の働き2〜6章に記されている彼の姿は、あのペテロかと思う程、、主の権威に満たされた姿です。彼は大胆に主を証していますが、決して攻撃的ではなく、あくまで謙遜であり、どちらかというと受け身なのです。彼は、人が誰もが持つ弱さを隠さない人だったのだと思います。どこにでもいる普通の人でした。それだけに、使徒の働きに記されている力強い主の証人として働き、初代教会の人々の指導者として活躍する彼を見ると、福音宣教は人がするのではなく、主イエスがしているのであり、人はその為に用いられているに過ぎないと本当に素直に感じさせられます。勿論、対称的な人として上げたパウロの働きの中にも、同じようなものを感じさせられます。福音宣教の全ては主の御業なのです。 しかし今日のエピソードは、人は誰でも、彼のように自分大事とする思いを持つだけでなく、それに縛られてしまう弱さを持つことを表しています。しかしここでパウロに叱責された彼は、1:18にあるように、回心後のパウロがエルサレムにいる自分を訪れ、彼は自分の許に15日間滞在し、その14年後も主の兄弟ヤコブとヨハネと共にいる自分を訪れた彼が、異邦人への使徒とされていることを認める権威の持ち主なのです。そのペテロだけに、この出来事は強烈な印象を与えます。ペテロは異邦人と一緒に食事をすることが主にあって正しいと確信していたのに、それは違うと主張する人々が来ると、彼らに非難されることを恐れて、自分が正しいと確信していていたのに止めてしまったのです。しかし、彼が異邦人と一緒に食事をして非難を受けたのは初めてではなく、使徒の働き11章にもあります。その時は、神がきよいとされたものを人がきよくないと言ってはいけないと神に諭されたから一緒に食事をしたので、、割礼の有る無しを問題にしてはいけないとの姿勢を明確にしました。それを考えると、彼が割礼主義者を恐れて身を引き、異邦人と食事をしなくなったのは不思議です。しかし、エルサレム教会で割礼至上主義の人達が力を持ち、パウロの救われるのは信仰のみとする宣教に危機感を持ち、律法を大切にすべきと主張する彼らの攻撃が、パウロと同じような事とするペテロに集中したと考えられます。彼のこの行動は、誰も傷付けたくないと思う優しさが原因だったと思われますが、彼が依然として持っていた弱さから出た、優しさに見せ掛けた逃げだったのです。争いが証しにならないこともありますが、争わないことが証しにならないこともあるのです。彼は何が真実で、神に従う為には何をすべきかを真剣に問うべきだったのです。彼が生前の主に指摘された弱さは、復活の主に会い、聖霊に満たされても消し去られていなかったのです。その弱い彼を力強い働き人として主が用いたのです。私達も、救われ新しい人とされても弱いままです。しかし主に用いられる時、私達も彼のように力強い働き人とされると、ペテロの姿を通して知らされていると気付きましょう。人の弱さを問題にしない主イエスの愛に感謝しましょう。 |